中国の次はシンガポール!?大量botアクセスに振り回されて気づいたこと

ブログを運営していると、たまに不思議なことが起こります。

ある日、アクセス解析を見るとグラフが急上昇。

「おっ!ついにGoogle先生が本気を出してくれたのか?」

そう思って喜んだのも束の間。

よく調べてみると、海外から大量のbot(自動アクセス)が押し寄せていただけでした。

実は私、今年の2月頃に中国からの大量botアクセスを経験しました。

ようやく落ち着いたなと思っていたら、今度は6月にシンガポールからその倍近いアクセスが襲来。

正直な感想は、

「いや、また来るんかい!」

です。

しかも前回よりパワーアップしています。

まるで害虫駆除が終わったと思ったら、今度は親分を連れて戻ってきたような感じです。

アクセス解析のグラフは見事に跳ね上がります。

でも肝心の読者さんが急に増えたわけではありません。

数字だけが景気よく踊り続けているのです。

最初は面白がっていましたが、何日も続くとだんだん疲れてきます。

「この数字、見ていて意味あるのかな……」

そんなことを考えるようになりました。

気が付けば数字ばかり追いかけていた

ブログを書いている人なら分かると思います。

アクセス数は気になります。

順位も気になります。

新しい記事を公開したら、つい解析画面を開いてしまいます。

私も同じです。

ところがbotが大量に来ると、その数字自体がよく分からなくなります。

増えたと思ったらbot。

減ったと思ったらbotが帰っただけ。

まるで蜃気楼を追いかけているようです。

そして気付けば、

記事を書くことよりも、

数字を見ることの方に気持ちが向いていました。

これは良くないなと思いました。

本来、私がやりたかったのはアクセス解析を眺めることではなく、記事を書くことだったはずです。

2000年前も「続ける人」は続けていた

そんな時、ある古い記録を思い出しました。

今から約2000年前の人たちです。

彼らが置かれていた環境は決して楽なものではありませんでした。

周囲からの圧力もありました。

自分自身との闘いもありました。

「もうやめようかな」

そう思う理由なら、いくらでもあったはずです。

それでも彼らは歩みを止めませんでした。

もちろん、彼らはbotアクセスに悩んでいたわけではありません。

スマホもWi-Fiもありませんでしたからね。

でも、

自分では変えられない問題に直面しながらも、自分にできることを続けた。

その点では少し共通するものを感じました。

そして私は考えました。

「botを止めることはできない。でも記事を書くことはできる」

当たり前のことですが、妙に心に刺さりました。

芽が出る時期は決めなくていい

ブログを始めると、

「いつ結果が出るんだろう」

と思います。

私も思います。

できれば明日にでも出てほしいです。

できれば今日の夕方までに。

できればこの記事を書き終わる頃には。

でも現実はそううまくいきません。

数ヶ月かもしれません。

1年後かもしれません。

あるいはもっと先かもしれません。

結局のところ、芽が出る時期はこちらでは決められないのです。

だったら焦っても仕方ありません。

現場仕事でも同じです。

種をまいた翌日に掘り返して、

「まだ芽が出てないな」

とは言いません。

ブログも案外それに近いのかもしれません。

最後に

今回のシンガポールからの大量アクセスのおかげで、アクセス解析のグラフはなかなか派手なことになりました。

しかし、振り返ってみると一番大事なことを思い出させてもらった気がします。

私が見るべきなのは、botが何匹来たかではなく、

昨日より少し良い記事が書けたかどうか。

その方だったのでしょう。

数年後にどうなっているかは分かりません。

相変わらずbotに振り回されているかもしれません。

でも、その時もきっと私は、

「また来たか」

と苦笑いしながら記事を書いている気がします。

もし今、アクセス数や検索順位を見て落ち込んでいる方がいたら、どうか焦らないでください。

私も同じ空の下で、シンガポールから飛んでくる大量のbotを眺めながら、今日もコツコツ記事を書いています。

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