「よし、昨日はアクセスが伸びた!」と手応えを感じた翌日、管理画面を開くと数字がガクンと落ちている……。
ブロガーなら誰もが経験する「あるある」ですよね。
せっかく順調だと思ったのに、また振り出しに戻ったような虚脱感。
これ、実は今の物価高時代に、毎日家計簿を眺めて「また卵が値上がりした」「今月も赤字か……」とため息をつく心理状態と、驚くほど似ていると思いませんか?
数字に一喜一憂し、将来が不安でたまらなくなる。
でも、その「心配」が実は、一番大切なものを曇らせているかもしれません。
【数字に縛られると、状況はさらに悪化する】
数字の上下に一喜一憂しすぎると、私たちは恐ろしい負のスパイラルに陥ります。 アクセスが下がれば「もっとクリックされるネタを」「流行りのキーワードを」と焦り、ブログ本来の「自分らしい声」や「誠実さ」が消えてしまいます。
そして気づけば、「昨日の自分の記事」を否定し始めてしまう。
これは、家計の不安に飲み込まれて、目先の数十円の節約に血眼になり、心に余裕がなくなって本業のパフォーマンスを落としてしまうのと同じです。心配しすぎると視野が狭くなり、読者が本当に求めている「価値」が見えなくなってしまうのです。
【「支払い」を見るか、「仕事」を見るか】
毎日、出ていくお金(支払い)や、減っていくPV数ばかりを見つめていても、状況は好転しません。家計が苦しい時こそ、通帳の数字ではなく「今日、自分ができる最高の仕事」に集中するべきではないでしょうか。
ブログも同じです。昨日のアクセス数は、すでに終わった「過去の記録」に過ぎません。それよりも、今日これから書く一行、今日磨き上げる現場の床、そこに全神経を注ぐこと。
それしか、現実を変える方法がないからです。
数字をコントロールしようとするのをやめ、数字を「背景のノイズ」として固定してしまうのです。
【「いつか、誰かの救いになる」という確信】
「そんな精神論で、本当にアクセスや収入は変わるのか?」と思うかもしれません。しかし、私自身の経験がその答えを教えてくれました。
8ヶ月も前に、慣れない英会話学習や現場での実践について試行錯誤しながら綴った記事。それが今、ようやく「6分間」じっくりと誰かに読まれるようになっています。さらに驚いたのは、自宅のクッションフロアをうっかり熱で溶かしてしまい、必死に素人修復した経験をエッセイのように綴った記事が、たった一人ですが、「54分間」も滞在して読まれていたことです。
収益化できるほどの爆発的なPV数ではありません。教科書のような綺麗な文章でもありません。でも、「失敗して困り果てた自分」が、同じように困っている「誰か」に向けて、飾らずに気持ちを綴った言葉は、時を超えて誰かの一時間を救うほどの力を持つのです。
【結論:今日一日を、淡々と、余裕を持って】
PV数も、物価高による家計の厳しさも、私たちの力ではどうにもできない「外側の要因」です。
だからこそ、振り回されなくていい。
私たちが唯一コントロールできるのは、「今日という日をどう生きるか」だけ。
「心は強く願っていても、肉体(メンタル)は弱い」ものです。だからこそ、数字に一喜一憂する自分を「あぁ、また心配してるな」と客観的に眺め、そっと横に置いておきましょう。
明日の数字を心配するより、今日の一記事を、今日の現場を、淡々とこなしていく。その誠実な積み重ねの先にしか、本当の安定と喜びは待っていません。やがてその「芽」は、想像もしなかったほど大きく育っていくはずですから。
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