「ここはアルカリ洗剤を使わないと、太刀打ちできないだろうな」
スパワールドのバックヤード。
3階から2階、そして1階へと続く階段を前にした時、私はそう確信していました。
フードショップのスタッフが忙しく行き交うこの場所は、靴底から運ばれた油分と埃が長年積み重なり、黒い層になっています。

しかも階段は、平面より汚れが溜まりやすい。角、溝、ノンスリップ。汚れが逃げ場を見つけて居座るには十分な構造です。
正直、今日は“洗剤勝負”だと思っていました。
ところが――。
34年清掃の仕事をしてきて、久しぶりに「現場に教えられた」と感じる瞬間が待っていました。
まずは水だけでやってみる
作業前、私はまず雑巾にたっぷり水を含ませました。
最初から強い洗剤を使う前に、まずは汚れの反応を見る。
長年現場にいると、その一手間が意外と大事だったりします。
半信半疑で、真っ黒な踏み面をゆっくり拭いていく。
すると――
あれほど頑固に見えた油汚れが、スルリと動き始めたのです。
雑巾をすすいだ瞬間、バケツの水は墨汁みたいに真っ黒。
「あ、本当にこれ、水だけで落ちてるな」
思わずそう呟いてしまいました。
汚れの下から“光沢”が戻ってきた
さらに驚いたのは、その後でした。
汚れの層が取れた下から、以前塗られていたワックスの光沢が、静かに顔を出したのです。
キラッ。
その瞬間、階段の表情が変わりました。

もし最初からアルカリ洗剤を使っていたら、確かに汚れは落ちたでしょう。
でも同時に、ワックスの膜まで傷めていたかもしれません。
今回は違いました。
“削って綺麗にした”のではなく、
“元々あった美しさを掘り起こした”。
そんな感覚でした。
一番手強かったのは黄色のノンスリップ
もちろん、水だけで全部が簡単に落ちたわけではありません。
特に手強かったのが、黄色のノンスリップ部分。
細かな凹凸に入り込んだ油汚れは、さすがに簡単には動きません。
そこだけは金タワシを使い、水と一緒に少し力を込めて擦りました。
ゴシゴシ削るのではなく、汚れだけを浮かせるように。
この“加減”が難しい。
若い頃の私は、「強い洗剤こそプロ」だと思っていました。
でも長く現場に立っていると、考え方が少しずつ変わってきます。
本当に難しいのは、
「できるだけ傷めずに、綺麗にすること」
なのだと。
洗剤を使わないメリットは意外と多い
今回改めて感じたのは、洗剤を使わない清掃には、思った以上に利点があるということです。
素材に優しい
ワックスを必要以上に傷めない。
手に優しい
手荒れを気にせず作業できる。
環境に優しい
余計な洗剤を流さなくて済む。
仕上がりが自然
“落としすぎない”ので、光沢感が残る。
清掃というと、「どれだけ強く落とすか」に目が向きがちです。
でも実際の現場では、“残す技術”も同じくらい大切なんですね。
1段ずつ、自分の手で戻していく
フードショップのスタッフが台車を押して通り過ぎる。
遠くから機械音が聞こえる。
営業中の施設の裏側は、静かそうに見えて実はかなり忙しい。
その中で、私は1段ずつ雑巾で階段を拭き上げていきました。
3階から2階。
2階から1階。
気づけば1時間。
単純作業と言えば単純作業です。
でも、不思議と嫌ではありませんでした。
黒ずんでいた階段が少しずつ明るさを取り戻していく。
自分の手で、施設の空気を整えていく。
その感覚には、静かな達成感があります。
結論:答えはいつも「現場」にある
「油汚れ=強い洗剤」
清掃を始めた頃の私は、そう信じていました。
でも現場は、時々こちらの思い込みを軽く飛び越えてきます。
まずは水で向き合ってみる。
汚れの様子を見る。
素材の状態を見る。
すると、“足し算”ではなく、“引き算”の方がうまくいくことがある。
今回の階段清掃は、そんなことを改めて教えてくれました。
掃除って、もっとシンプルでいいのかもしれません。
さて明日もまた、水と雑巾を相棒にしながら、どこかの輝きを探しに行こうと思います。

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