「お久しぶりです」に違和感を覚えた理由|あるSMSから学んだ思考の防御

はじめに|一通のSMSから始まった違和感

17:40。知らない番号から、こんなSMSが届きました。

お久しぶりです。最近はどうされていましたか

丁寧で、攻撃性もなく、よくある一文です。にもかかわらず、私は一瞬で返信せず、立ち止まりました。

理由は単純でした。

「本当に久しぶりなら、名前を名乗らないのは不自然だ」

ただ、その違和感は言葉にしづらく、感覚的なものでした。本記事は、この体験をもとに、その感覚を論理として分解し、同じような場面に遭遇した人が「疑わなくても守れる」思考の型を共有するための記録です。


一瞬、信じかけた理由

正直に言えば、このSMSを見た瞬間、私の頭には「もしかして、あの人かもしれない」という人物が浮かびました。

過去にやり取りがあり、事情があって着信拒否した相手です。

重要なのは、この時点で相手は何も名乗っていないという事実です。
それにもかかわらず、私は自分の記憶の中から「それらしい人物」を探し始めていました。

ここで初めて気づきました。

相手は何も語っていないのに、こちらが物語を作り始めている

この瞬間こそが、最初の分岐点でした。


なぜこの文章は「うまい」のか

届いた文章は、情報量がほぼゼロです。

  • 名前がない
  • 用件がない
  • 時期や関係性の説明がない

それでも、強い前提だけが埋め込まれています。

「お久しぶりです」が作る前提

この一言で、

  • 過去に関係があった
  • 敵意はない
  • 礼儀をわきまえている

という印象が一気に成立します。
しかも、「突然すみません」ではありません。

つまり、連絡が途切れていた原因は、どちらかといえば受け手側にあるような錯覚を生みます。

疑問文が主導権を奪う

「最近はどうされていましたか」は、はい/いいえで答えられません。

  • 近況を語らせる
  • 個人情報を差し出させる
  • 会話のボールを完全に受け手に投げる

書き手は一切リスクを負わず、相手だけが動く構造です。


下手な詐欺文との決定的な違い

ここで、あえて「下手な例」を一つだけ提示します。重要なのは内容そのものではなく、どこで文章が自爆しているかです。

典型的に下手な例(要素を誇張した架空文)

比較すると違いがはっきりわかります。

お久しぶりです!元気にしてますか?
突然でごめんなさい🙏 実は少し相談があって連絡しました。

一見、丁寧で感じも悪くありません。しかし、この文章には致命的な弱点があります。

  • 感情(!・絵文字・謝罪)が先に出ている
  • 「相談」という目的が早すぎる
  • 相手に警戒・検証のスイッチを入れてしまう

読み手はこの時点で、無意識に「断る側」の姿勢に入ります。

一方、今回届いたSMSは、感情も目的も一切出しません。

正体を決める作業そのものを、相手に委ねている

ここが決定的な違いです。


見破られる世界で、文章はどう進化するか

この手口が知られると、文章はより「普通」になります。

  • 名乗ったように見せて、実は名乗らない
  • 質問を減らし、共有から入る
  • 拒否権を与えたように見せて、踏み越えさせる

最終形は、善良すぎる文章です。

だからこそ、「怪しいかどうか」を感覚で判断する方法は、いずれ限界が来ます。


疑わなくていい「最終防御」

ここで重要なのは、疑い深い人になることではありません。

有効なのは、たった一つの原則です。

最初に証明する役割は、必ず相手にある

この役割分担を、感情抜きで守る。

返信するなら、これ以上はいりません。

恐れ入りますが、どなた様でしょうか。

理由も説明も不要です。

  • 名乗らない → 終了
  • 濁す → 終了
  • 明確に名乗り、要件がある → 初めて検討

最も強い選択肢は、返信しないことです。
それは疑っているのではなく、関係を成立させないという判断です。


おわりに|善意を失わずに身を守る

この体験を通して強く感じたのは、

詐欺は、人の弱さではなく「美徳」を使う

という事実でした。

礼儀正しさ、配慮、誠実さ。
それらを手放す必要はありません。

必要なのは、
自分が毎回判断しなくて済むルールを持つこと

一通のSMSが教えてくれたのは、
疑う技術ではなく、思考を守る構造でした。

このSMSに反応しかけた理由は、文章の巧さだけではありません。
もう一つの要因について、別の記事で整理しました。

なぜ“失礼かもしれない”と思った瞬間に人は動いてしまうのか

同じような違和感を覚えた方の、ひとつの参考になれば幸いです。

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