なぜ“失礼かもしれない”と思った瞬間に人は動いてしまうのか

はじめに|違和感より先に動いてしまう理由

前回の記事では、「お久しぶりです」という一文をきっかけに、一瞬返信しかけたSMSを分析しました。

「お久しぶりです」に違和感を覚えた理由|あるSMSから学んだ思考の防御

冷静に考えれば、不自然な点は多い。
それでも、人はときどき違和感より先に手を伸ばしてしまう

その理由は、判断力の弱さではありません。
今回は、私自身の体験を通して気づいた、

「失礼かもしれない」という感情が、人を動かす仕組み

について整理してみたいと思います。


人は「好奇心」ではなく「規範」で動く

知らない相手からの連絡に反応してしまう理由として、
「気になるから」「誰だろうと思ったから」と説明されることがあります。

しかし、実感としては少し違いました。

私が動きかけた理由は、

  • 好奇心
  • 興味

ではなく、もっと静かな感情です。

それは、

無視したら失礼かもしれない

という感覚でした。

これは欲でも恐怖でもありません。
**社会の中で身につけてきた“規範”**です。


「丁寧な一文」が呼び起こす内側の声

「お久しぶりです。最近はどうされていましたか」

この文章自体に、要求はありません。
それでも、受け手の中には次のような声が立ち上がります。

  • もしかしたら知り合いかもしれない
  • 返さないのは感じが悪いかもしれない
  • 自分が忘れているだけかもしれない

重要なのは、
これらがすべて“自分の内側の声”であるという点です。

相手は何も要求していない。
それなのに、こちらが自発的に気を遣い始めてしまう。


生真面目な人ほど、この感情が強い

このタイプのメッセージが効いてしまうのは、

  • 責任感がある人
  • 礼儀を大切にする人
  • 相手の立場を考えられる人

いわゆる「ちゃんとした人」です。

これは欠点ではありません。
むしろ、社会を円滑に回すための重要な資質です。

問題は、その資質が
判断を急がせる方向にだけ使われてしまうことです。


「疑うのが苦手」なのではない

よく、

「疑うのが苦手な人が引っかかる」

と言われます。

しかし、今回の体験を振り返って思うのは、
これは正確ではないということです。

私がためらったのは、

  • 相手を疑うこと

ではなく、

  • 自分が失礼な人になること

でした。

ここを取り違えると、
対策はすべて「もっと疑え」になってしまいます。


「疑わなくていい」ための考え方

前回の記事でも触れましたが、
私が行き着いたのは、疑うことではありませんでした。

それは、役割を固定するという考え方です。

最初に名乗り、関係を証明するのは相手の役割

この役割分担を守る限り、
こちらが無視したとしても、失礼にはなりません。

失礼になるかどうかを判断する前に、
関係が成立していないのです。


返信しないという選択の意味

返信しないことは、

  • 冷たい対応
  • 相手を拒絶する行為

ではありません。

それは単に、

関係を始めない

という選択です。

生真面目な人ほど、
「返さない=悪いこと」と感じがちですが、
それは本来、成立した関係の中でのみ適用されるルールです。


おわりに|美徳を手放さないために

今回の体験を通して感じたのは、

問題は、人の弱さではなく、美徳の使われ方

だということでした。

礼儀正しさや配慮は、
手放すべきものではありません。

ただし、
誰に対しても自動的に発動させる必要はない

その線引きを自分の中に持つことが、
疑わずに、疲れずに、自分を守る方法なのだと思います。

この記事が、
前回の記事で感じた違和感の正体を、
少し言葉にする助けになれば幸いです。
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