「まさか自分の車が…」 2025年8月11日、熊本県天草市を襲った線状降水帯。その猛威は、私の家族が長年大切にしてきた愛車を容赦なく飲み込みました。
避難場所ではなく、仕事のために向かった職場の駐車場。そこで見たのは、タイヤの上まで泥水に浸かり、沈黙した20台以上の車たちでした。
この記事では、あの日から新しい車に買い替えるまでの「空白の3ヶ月間」に起きたこと、そして直面した保険や修理の現実について、実体験をベースに綴ります。
職場の駐車場が「池」に。20台が沈黙したあの日
あの日、いつものように出勤したことが、まさか愛車との別れに繋がるとは思ってもみませんでした。
2025年8月11日。熊本県天草市を襲った線状降水帯による記録的な大雨。
親族が勤めるイオンの駐車場は、見る間に水位が上がっていきました。
一番ひどい時には水位がタイヤの上まで達し、駐車場に停まっていた約20台の車は、ほぼすべてが濁流に浸かってしまったのです。

「もし自宅にいたら無事だったのに……」
仕事を選んだばかりにこんなことになってしまったという後悔が、今も胸をかすめます。
しかし、同じ場所に停めていた同僚やお客様の車20台も同じように動かなくなっている光景を見て、「自分だけではない」と、どこか奇妙な安心感で自分を落ち着かせるしかありませんでした。
外見は変わらない。けれどエンジンは二度とかからなかった
水が引いた後、愛車の姿は一見、何の変哲もないように見えました。

泥を流せば、また以前のように走ってくれそうな、そんな気がしたのです。
しかし、キーを回しても(あるいはボタンを押しても)、エンジンが息を吹き返すことはありませんでした。
車内を確認すると、無情にも運転席の足元まで水が浸かった跡がありました。

天草市に住んで10年になりますが、こんな経験は初めてです。
メーターパネルには見慣れない故障の表示が並び、自分ではどうすることもできない絶望感を味わいました。

結局、私の車はそこから10日間、駐車場に置き去りにされることになります。
理由は、お盆休みと重なりトヨタの修理工場が休業していたこと。
そして、あまりの被害車両の多さに、レッカーも工場も「数珠繋ぎ」の順番待ち状態になっていたからです。
救いだったのは「友人の保険」と「レンタカー」
車が動かない絶望の中で、唯一の希望は保険でした。
たまたま友人が勤めている保険会社の車両保険に入っていたため、すぐに手続きを開始しました。
「この費用、本当に保険でカバーされるんだろうか……」
「レンタカー代はどうなるんだろう……」
そんな不安が頭をよぎりましたが、幸いにもすぐにレンタカーの手配ができ、車がないと成り立たない天草での生活は何とか維持することができました。
水没被害の場合、加入している車両保険が「一般型」であれば、洪水による被害として補償されるのが一般的です。
全損(修理費が車の価値を超える場合)になるのか、それとも修理して乗り続けられるのか。
その見極めは、工場のプロと保険会社の担当者に委ねるしかありませんでした。
3ヶ月の葛藤を経て、11月の買い替えへ
それからしばらくの間、代車のレンタカーに乗りながら「愛車の復活」を待ちましたが、最終的に私たちは大きな決断。
2025年11月、私たちは同じ車種を買い替えることに決めました。
一見直せそうに見えても、一度エンジンや電気系統の基盤まで水に浸かった車は、後からどんなトラブルが出るか分かりません。
修理をして不安を抱えながら乗るよりも、保険を最大限に活用して、新しいスタートを切る道を選びました。
まとめ
「慌てても、どうにもならないこともある」
あの日から買い替えまでの3ヶ月間、私が学んだ教訓です。
自然災害は、どれだけ気をつけていても避けることができない場合があります。
でも、そんな時に支えになったのは、日頃から備えていた保険であり、信頼できるプロのアドバイスでした。
これを執筆している今、新しい車が手元に届き、ようやく平穏な日常が戻ってきました。
もし今、同じように大雨の被害で立ち往生している方がいたら、どうか自分を責めないでください。
そして、焦らずに保険会社や工場の担当者としっかり話し合いを進めてみてください。
車は新しくなりましたが、あの日の濁流の音と、駐車場の光景は、これからも防災の教訓として私の中に残り続けるでしょう。
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