正しいことを言えば、人は納得して動く。
頭ではそう思いがちですが、現実はもう少し複雑です。
人は、
「何を言われたか」よりも
「どう言われたか」「どんな立場で言われたか」に
強く影響されます。
どんなに正論でも、
自分の背景や気持ちを置き去りにされたと感じた瞬間、
人は心を閉じてしまいます。
このことは、
理屈として分かっていても、
実際の場面では見落としやすいものです。
「絶対うまくいく」という言葉が生む距離
ある活動を終えたあと、
一緒に行動していた人から、
強い調子でこう言われました。
「この人、絶対うまくいきますよ。
どうして、もっと踏み込まないんですか?」
前向きな言葉ではあります。
期待や熱意がこもっているのも分かります。
ただ、その瞬間、
私の中には小さな違和感が残りました。
なぜなら、その相手とは、
これまでのやり取りの積み重ねがあり、
あえて今の距離感を保っている理由があったからです。
人の心は、
誰にも「絶対」と言い切れるものではありません。
自分には正解でも、他人には重荷になる
自分のやり方に自信を持つこと自体は、
決して悪いことではありません。
問題になるのは、
そのやり方を「当然の正解」として
他人にも同じ強さで求めてしまうときです。
-
自分で選んでやる分には前向き
-
他人に「なぜやらないのか」と迫ると圧力になる
この境目は、とても繊細です。
相手の判断やペースを尊重しないまま
正しさを差し出すと、
協力ではなく摩擦が生まれてしまいます。
正しさを急ぐ人が抱えやすい事情
時間がたってから、
私はその人の立場について考えてみました。
長い間、
結果を出すことが重視される環境に身を置いていたこと。
そして今は、
体調や状況の変化で、
以前のように動けないもどかしさを抱えていること。
思うように動けないときほど、
人は「確実な成果」や「正しさ」に
強く寄りかかりたくなります。
それは弱さではなく、
必死さの表れなのかもしれません。
そう考えると、
強い言葉の裏にあるものが、
少し見えてきました。
人間関係を壊さない人がしている判断
この経験を通して、
私が改めて大切だと感じたのは、
次のような判断です。
-
相手の背景を知らないまま評価しない
-
今の選択を「足りない」と決めつけない
-
結果が出るまで待つ余白を持つ
-
関係そのものを価値として扱う
人間関係が長く続く人は、
正しさよりも、
信頼が残る選択をしています。
強い人と関わるときの、ちょうどいい距離
もし、強い意見を向けられたときは、
相手を変えようとするより、
距離の取り方を整えるほうが現実的です。
私が意識しているのは、
説明しすぎないことです。
-
「その考え方も勉強になります」
-
「今回はこの形を選んでいます」
短く、静かに。
相手を否定せず、
でも自分の判断は手放さない。
それだけで、
無用な摩擦はかなり減ります。
正しさより、信頼が残る選択を
正しいことを言う人より、
一緒にいて安心できる人のほうが、
人はまた話を聞こうと思います。
責任感も、熱意も、経験も大切です。
ただ、それが強くなりすぎると、
人との距離を広げてしまうことがあります。
正しさを守りながら、
信頼も守る。
そのために必要なのは、
相手の自由と尊厳を
一段高い位置に置くことなのだと思います。
読者への問いかけ
正しいことを言おうとしたとき、
その言葉は「相手を動かすため」だったでしょうか。
それとも、「自分が正しくありたい気持ち」から出たものだったでしょうか。
少し立ち止まって、
これからは自分自身にも問いかけてみたいと思います。
もし立場が逆だったら、
同じ言葉を、同じ調子で受け取れたでしょうか。
次に言葉を選ぶとき、
その問いを一つ持っておくだけで、
人間関係は少し変わるかもしれません。
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