第3話|回遊は「設計」ではなく「結果」だった

「回遊するPVが大事なら、それを意図的に増やせばいいんじゃないか」

そう考えるのは、当時の私にとってあまりに自然なことでした。
1,200PVあっても収益が動かなかったのは、読者がすぐに帰ってしまったから。
なら、帰さないための「仕掛け」を作ればいい。

そんな単純な算数で、すべてが解決するはずだと、本気で思っていました。

第2話|PVには2種類あると気づいた話


読者を歩かせようとした日々

そこから私は、「読者の指を動かす」ことを意識し始めました。

記事の途中に別の入り口を置いたり、
読み終わった瞬間に「次はこちらもどうぞ」と差し出してみたり。

自分のブログという箱庭から、できるだけ外に出さない。
意識のすべてが、「どうやって次のクリックをさせるか」という一点に向いていました。

まるで、読者を迷い込ませるための地図を、一生懸命描いているような感覚でした。


なぜか、指は動いてくれない

ところが、狙えば狙うほど、手応えは遠のいていきます。

回遊を促す仕掛けを増やしたはずなのに、
読者はそれを見透かしたかのように、すっと画面を閉じてしまう。

数字は以前よりも、むしろ硬く、冷たくなったようにさえ感じました。

「これだけ丁寧に案内しているのに、なぜ進んでくれないんだろう」

自分の意図と、読者の動き。
その決定的なズレに、また新しい違和感を抱えることになりました。


回遊は、操作できなかった

ある時、ふと気づいてしまったのです。

読者は、「誘導されている」と感じた瞬間、
無意識に身構えてしまうのではないか、と。

「読ませよう」とする書き手の意図は、行間からじわじわと滲み出ます。
それは親切な案内ではなく、どこか強制的な“命令”として伝わっていたのかもしれません。

テクニックが悪いわけではない。
でも、それだけで人は動かない。

回遊とは、あらかじめ引かれたレールの上を歩かせることではなく、
**もっと別の何かから生まれる「結果」**なのだと、
そのとき初めて腑に落ちました。


自然に起きていた記事の共通点

改めて、なぜか勝手に回遊が起きていた過去の記事を見直してみました。

そこには、意図的に仕組まれた迷路はありませんでした。

無理に他の記事へ繋ごうとしていない。
書き手が、ただ淡々と、落ち着いて言葉を置いている。
そして、その1記事だけで、きちんと完結している。

そこには、読者をコントロールしようとする「力み」が、驚くほどなかったのです。


信頼という名の、静かな副産物

読者は、次の記事を「選ばされている」のではないのかもしれません。

その記事を読み、
書き手の体温を感じ、
「もう少しこの人の言葉に触れていたい」と思ったとき、
自然と指が「次」を求めて動く。

回遊とは、作り出すものではなく、
読者の中に生まれた安心感が、そっと溢れ出たもの――
信頼という感情の副産物なのだと、思えてならなかったのです。


だから、私はあえて何もしなかった

この事実に触れてから、私は「設計」をいじるのをやめました。

新しいテクニックに走ることも、
記事構成を大きく変えることも、しませんでした。

「やらなかったこと」に、確かな意味がある。
そう感じ始めていたからです。

焦って動線を引くのをやめ、
ただ一人の読者に向き合う。

そう決めてしばらく経った頃、
ブログの数字に、静かな「兆候」が現れ始めました。

それは、
PVという分かりやすい数字ではないところから、
ゆっくりと、しかし確実に始まっていたのです。


▶ 次回予告

次回は、
**「数字が静かに変わり始めたサイン」**について書きます。

派手な伸びではありません。
でも、あとから振り返ると、
「ああ、あれが分岐点だった」と分かる変化です。

第4話|回遊を生んでいたのは「信頼の蓄積」だった【最終稿】

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