構造ができ始めた頃、
私は一つの不安を抱えていました。
「この空気のまま、お金の話をしていいんだろうか?」
ブログに信頼が生まれ、
回遊という現象が自然に起き始めた。
それは嬉しい変化でした。
でも同時に、
ここで一歩踏み間違えれば、
今まで積み上げてきたものを
一気に壊してしまう気もしていたのです。
収益は「足すもの」ではなかった
よく言われる話があります。
・稼ぐ導線を設計しよう
・広告位置を最適化しよう
・クリック率を改善しよう
どれも間違いではありません。
でも、その発想をそのまま持ち込むと、
構造ができたブログでは、違和感が生まれます。
なぜなら、
収益は「新しく足すもの」ではなかったからです。
構造が整ったあとにやることは、
何かを増やすことではありませんでした。
「すでにある流れを、邪魔しないこと」
それだけでした。
広告が“目立つ”ようになったら危険信号
ある時期、
私は少しだけ欲が出ました。
「ここ、もう少し目立たせてもいいんじゃないか」
「この位置なら、もう少しクリックされるかも」
ほんの出来心でした。
結果は、分かりやすかった。
・回遊が鈍る
・滞在時間が短くなる
・読後の余韻が消える
PVは変わらないのに、
空気だけが、確実に変わった。
広告が悪いのではありません。
広告が“主張し始めた”ことが問題だったのです。
構造があるブログでは、広告は「背景」になる
構造ができているブログでは、
読者はすでに集中しています。
言葉の温度
書き手の距離感
文章のリズム
それらに身を預けて、
ブログの中を歩いている。
その状態で必要なのは、
「目を引く広告」ではありません。
そこにあっても、邪魔をしない存在
記事下に、静かに置かれている。
スクロールすれば、自然に視界に入る。
主張はしないが、存在は消えていない。
広告が“認識”されるのは、
この状態のときだけです。
クリックされない広告にも、意味がある
ここで、
多くの人が見落としがちな事実があります。
広告は、
必ずしもクリックされなくていい。
回遊の途中で、
何度も同じ種類の広告を目にする。
そのたびに、
「そういえば、こういうサービスがあるな」
と、無意識に刷り込まれていく。
それは、
読者がブログを離れた“あと”で
効いてくることもある。
だから、
その場で成果が見えなくても、
構造の中に溶け込んでいればいい。
短期の数字を追いすぎると、
この時間差の価値を、簡単に壊してしまいます。
私が決めた、たった一つのルール
最終的に、
私は一つだけルールを決めました。
「記事より前に、収益を置かない」
・話の途中で遮らない
・結論の前で売らない
・感情が動く瞬間に割り込まない
最後まで読み切ってもらう。
そのうえで、
静かに「出口」に置いておく。
それだけです。
すると不思議なことに、
収益は“狙った月”ではなく、
“忘れた頃”に、じわっと伸びていきました。
稼ぐことは、裏切りではなかった
どこかで私は、
「お金を受け取ること=信頼を裏切ること」
だと思っていたのかもしれません。
でも実際は、逆でした。
信頼がある場所では、
収益は“対価”として自然に成立します。
静かに読まれ、
静かに回遊され、
静かに置かれた広告が、
静かに働く。
それは、
奪う行為ではなく、
循環に近い感覚でした。
次の問いへ
ここまでで、
・回遊が生まれ
・信頼が構造になり
・収益が空気に溶けた
という流れが、
一つの形になりました。
では最後に、
この構造は、どこまで放置していいのか。
そして、どんな時に「手を入れるべき」なのか。
次は、
「触っていい部分」と「触ってはいけない部分」
その境界線について書こうと思います。
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