真面目な人ほど抱える「自力本願」の呪縛
「全部自分でやらないとズルなんじゃないか」
AIを使い始めたとき、
正直に言えば、僕の中にもこの気持ちはありました。
自分で考えないのは逃げではないか。
楽をしているだけではないか。
こんなやり方で書いた文章は、自分のものと言えるのか。
この感覚は、決して珍しいものではありません。
むしろ——
真面目で、責任感が強い人ほど抱えやすい思い込みです。
「1から10まで全部自分でやらないと誠実じゃない」
誰に言われたわけでもないのに、
そんな無言のルールを自分に課してしまう。
でも、あるとき気づきました。
この考え方が、知らないうちに自分を縛っていたことに。
「全部一人でやる=誠実」という誤解
少し立ち止まって考えてみてください。
編集者が入った本は、ズルでしょうか。
同僚にレビューをもらう仕事は、不誠実でしょうか。
道具を使うことは、手抜きでしょうか。
きっと、そんなことはないはずです。
誠実さとは、
「全部自分でやること」ではありません。
誠実さとは、
**「結果に責任を持つこと」**です。
書いた内容に責任を持つ。
伝えたい意図に責任を持つ。
読者に向き合う姿勢に責任を持つ。
ここが抜けていなければ、
手段が一人か、誰かと一緒か、AIかは本質ではありません。
では、その「責任」をどうやって守りながら、
AIと付き合えばいいのでしょうか。
AIは「代筆者」ではなく「編集者」である
今の僕にとって、AIは
代わりに考えてくれる存在ではありません。
思考の素材は、自分が出す。
体験も、感情も、自分のもの。
AIがやっているのは、
それを**「読まれる形」に整えること**です。
文章の順番を見直す。
くどいところを削る。
話が飛んでいないかを確認する。
つまり、編集者の役割です。
この視点に切り替わった瞬間、
肩の力がすっと抜けました。
「全部自分でやらなきゃ」という呪縛が、
自然とほどけていったのです。
だから、この記事のどこかに
こんな一文を置くことができます。
私はAIに「代わりに書かせて」いるのではなく、
自分の文章を、読まれる形に整えてもらっている。
この一文があるだけで、
読む人の心も、きっと軽くなります。
最後に:あなたも、大丈夫です
もし今、
AIを使うことに少しでも罪悪感があるなら。
それは、あなたが
ちゃんと向き合おうとしている証拠です。
責任を放棄していない。
考えることをやめていない。
伝えようともがいている。
それだけで、
表現者として十分すぎるほど誠実です。
1から10まで全部自力でやっても、
中身が空っぽなら、読者には伝わりません。
逆に、
AIを使いながらでも、
読者のために必死に推敲を重ねているなら、
それは極めて誠実な営みです。
手段よりも、向き合い方。
この場所に立ち返ることができれば、
もう迷う必要はありません。
あなたも、大丈夫です。
では、私は実際にAIをどう使っているのか。
思想ではなく、かなり現実的な話をこちらで書いています。
→ AIはズルじゃない。私が「任せる場所」をあえて決めた理由
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