「今日も更新できなかった……」
夜、布団に入って目を閉じたとき、そんな言葉がふと頭をよぎる。
書けなかった日は、何か大切な宿題を忘れているような感覚が残る。誰かに責められているわけでもないのに、胸の奥がざわつく。
ブログは本来、自分の考えを言葉にしたり、誰かの役に立てたら嬉しいなと思って始めたものだったはずです。
それなのに、いつの間にか更新が「義務」になり、ブログに首輪をつけられたような感覚になっていませんか。
その罪悪感、あなただけではありません。
ただ、放っておくとブログそのものが嫌いになってしまうことがあります。
なぜ、書けないことに罪悪感が生まれるのか
そもそも、なぜ「毎日書かなければならない」と思い込んでしまうのでしょうか。
原因の多くは、SNSやYouTubeに溢れる成功談です。
「まずは毎日更新」「止まったら終わり」
そんな強い言葉を浴び続けるうちに、
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毎日更新=正解
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書けない=怠けている
という極端な二択が、知らないうちに刷り込まれていきます。
比較している相手は、生活のすべてをブログに使える一部の人たち。
情報が多すぎて、自分にとっての適正ペースが見えなくなっているだけなのです。
罪悪感は、文章から「温度」を奪っていく
罪悪感を抱えたまま書き続けると、ブログは少しずつ壊れていきます。
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書くことが義務になる
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ネタを絞り出すだけの記事が増える
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数字で自分を裁くようになる
罪悪感は、やる気を生むどころか、文章から温度を奪っていきます。
義務感で書かれた言葉は、不思議と読者にも伝わってしまうものです。
私が「毎日更新」という看板を下ろした日
私も以前は、毎日更新に縛られていました。
専業でもないのに、仕事中もネタのことを考え、休みの日も頭の片隅にブログがある。
ある日、パソコンの前で手が止まり、ふと思ったんです。
「これ、何のためにやってるんだろう」
生活を良くするために始めたブログが、生活を侵食している。
その矛盾に気づいたとき、「毎日はもういいや」と思いました。
それは諦めではなく、自分を守るための選択でした。
「書かない日」を決めたら起きた変化
思い切って、「書かない日」を決めました。
すると、まず気持ちが驚くほど軽くなりました。
「今日は書かなくていい」と分かっているだけで、日常がちゃんと戻ってくる。
不思議なことに、書く日の集中力は以前より上がりました。
休んでいる間に、ネタが自然と浮かぶことも増えた。
ブログとの距離が、ようやく健全になった感覚でした。
続いている人の共通点は「気合」ではない
長く続いているブログには、独特の静けさがあります。
派手さはなくても、止まっていない。
続いている人は、気合が強いわけではありません。
罪悪感を抱かない「設計」をしているだけです。
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書く日を決める
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書かない日は、完全に忘れる
この切り替えができている人が、数年後も淡々と続けています。
「自分だけ続かないのは才能がないから?」
そう感じていた頃の私が、検索上位ブログを見て気づいた“意外な共通点”があります。
→ 続く人と消える人の違いを、次の記事で正直に書きました。
やめなかった人だけが残っている。検索上位ブログを見て気づいた共通点
まとめ:ブログは、生活の中に置いていい
毎日書かなくていい。
書けない日は、堂々と休んでいい。
ブログは罰ゲームではありません。
生活の中に、静かに置いておける習慣でいい。
歩みが遅くても、やめなければ負けじゃない。
ブログは短距離走じゃないのです。
今夜は、罪悪感をいったん脇に置いて、ゆっくり休んでください。
では、罪悪感を手放したあと、どんな更新ペースに落ち着いたのか。
その結論はこちらで書いています。
▶︎ ブログ投稿は「月水金」で十分。毎日書かなくても伸びる理由
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