「本気で命の危険を感じた」熊本地震で被災した友人から届いた生の声

ニュースでは地震の映像が流れ続けていますが、実際に被災した人がどんな数日間を過ごしているのかは、なかなか伝わってきません。

今回、熊本県内で大きな被害を受けた地域に住む知人から届いたメッセージをもとに、被災地の様子を紹介します。個人が特定される内容は一部変更していますが、気持ちはできるだけそのままお伝えします。

「30分後に突然…」

その日は午後4時まで自宅で電話をして過ごし、「やっと一息ついた」と思った30分後でした。

突然、大きな揺れが襲いました。

「これは本気で命の危険を感じた。やばいかもしれないと思いました。やっぱり地震は怖いです。」

幸い命に別状はありませんでしたが、打撲や切り傷を負い、家具や家財は大きく散乱しました。

全壊した家から救出

同じ地域では、知人の家が全壊しました。

家族3人で暮らしていましたが、高齢の家族は倒壊した建物の隙間から救助され、全員が無事だったそうです。

この知らせを読んだとき、「建物は失っても命が守られた」ということが、どれほど大きなことなのかを改めて考えさせられました。

ライフラインが戻るありがたさ

別の方からはこんなメッセージも届きました。

「家も店もめちゃくちゃになり、どうしていいか分からなかった。でも周りの人たちの助けや励ましを何度も感じました。」

また、

「今は電気も水道も使えるようになりました。まだ車中泊を続けている人もいますが、ガソリンや飲み水などの支援物資が届いていて、本当に助かっています。」

さらに、

「ライフラインが復旧して、エアコンの効いた部屋で休めることが、こんなにもありがたいことだったのかと実感しています。」

普段は当たり前だと思っている電気や水道のありがたさは、失って初めて分かるものなのかもしれません。

余震が続く不安

地震は一度で終わりではありません。

余震が続く中では、「また大きな揺れが来るのでは」という緊張が何日も続きます。眠る場所が車の中という人も少なくありません。

そんな状況でも、お互いに励まし合い、一歩ずつ片付けを進めているという言葉が印象的でした。

当たり前の日常は、当たり前ではない

被災した方々の言葉を読んで感じたのは、「普通に暮らせる毎日」は決して当たり前ではないということです。

家で眠れること。
蛇口をひねれば水が出ること。
スイッチを押せば明かりがつくこと。
家族や友人と連絡が取れること。

その一つ一つが、とても尊いものです。

今も余震が続き、不安な時間を過ごしている方々がいます。

災害はニュースで見ているだけでは分からないことがたくさんあります。実際にその場にいた人の言葉には、数字では伝わらない重みがありました。電気や水道が使えること、安心して眠れること。当たり前だと思っていた日常のありがたさを、改めて考えさせられました。

一日も早く安心して暮らせる日常が戻ることを、心から願っています。

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