お盆休みの静かなオフィスビルで清掃をしていたら、初対面の女性から500円玉をいただきました。
「これで冷たいもんでも飲んでください」
そう言って、私の手のひらに置かれた500円玉。
正直、少し戸惑いました。
なぜなら、その女性とは、その日が初対面だったからです。
でも、500円玉を受け取ったあと、ふと思ったのです。
「もしかすると、この人は私に500円をくれたのではなく、感謝する機会をくれたのかもしれない」
そう考えると、この出来事の見え方が少し変わりました。
お盆休みの静かな廊下で
お盆休みの期間は、ビル全体が驚くほど静かになります。
普段なら人が行き交う廊下も、この日はほとんど誰もいません。
店舗やオフィスが休みになるこのタイミングは、私にとって床をしっかり洗浄できる絶好の機会です。
この日もポリッシャーと洗剤を準備し、廊下の床を濡らしながら作業を始めました。
すると、正面にあるマッサージ店の扉が少し開いているのが目に入りました。
「あれ? 営業しているんだ」
お盆休みなので休みだと思っていたのですが、その日は営業されていたようです。
これから廊下を洗剤で濡らしていくので、通る人が滑っては大変です。
私は店の女性に声を掛けました。
「今から廊下を清掃するので、洗剤を濡らしますね」
すると、
「今からお客さんが出るので、ちょっと待ってください」
とのこと。
「あ、すみません!」
すでに少し濡らしてしまっていたので、慌ててその部分を拭き上げました。
そして、しばらくすると――。
「ありがとうございました!」
マッサージ店の扉が開き、一人の男性がお店から出てこられました。
私は作業の手を止めて、その男性を見上げました。
その瞬間、なぜか自然に口から出てきたのが、
「ありがとうございました!」
という言葉でした。
清掃員としての「こんにちは」でも「お気を付けください」でもありません。
まるで自分が、そのマッサージ店のスタッフになったかのように、お客さまを送り出す言葉が出てきたのです。
今思えば、先ほど床を濡らしてしまったことへの申し訳なさもあったのかもしれません。
「せっかく来てくださったお客さんが、気持ちよく帰れるようにしたい」
そんな気持ちが、とっさにその言葉になったのだと思います。
男性が立ち去ると、私はまた何事もなかったかのように床を拭き始めました。
ところが、その数分後です。
「さっきは、ありがとう」
先ほどの女性が、私のところへ近づいてきました。
そして、こう言ったのです。
「さっきは『ありがとうございました』って言ってくれてありがとう」
私は一瞬、何のことか分かりませんでした。
すると女性は、手に持っていたものを私に差し出しました。
500円玉でした。
「これで冷たいもんでも飲んでください」
「えっ……」
思わず戸惑いました。
もちろん、清掃の仕事をしていると、お客さまや施主様から缶コーヒーやお茶をいただくことはあります。
でも、この方とは今日が初対面です。
「いやいや、そんな……」
一瞬、辞退しようかと思いました。
500円をもらう理由が、自分にはないような気がしたからです。
でも、そのとき頭に浮かんだ言葉がありました。
「受けるより与える方が幸福である」
聖書の言葉です。
そこで、ふと考えました。
もし私が「結構です」と断ったら、この女性はどう感じるだろう。
せっかく「ありがとう」という気持ちを表そうとしてくださったのに、その気持ちを受け取らないことになる。
そう考えると、500円を受け取ることも、相手への一つの思いやりなのではないかと思えてきました。
「お気遣いありがとうございます」
そう言って、私は500円玉を受け取りました。
500円玉よりも、うれしかったもの
今思えば、あの日もらったのは500円玉だけではありません。
「ありがとうございました」
たった一言でした。
こちらとしては、ほんの一瞬の言葉です。
おそらく、その男性も深く考えることなく聞き流したかもしれません。
でも、その言葉を聞いていた女性の心には残った。
そして、その「ありがとう」が今度は私のところへ返ってきました。
考えてみれば、不思議なことです。
私は何かをしてあげようと思って「ありがとうございました」と言ったわけではありません。
500円をもらおうとも思っていませんでした。
ただ、その場で相手に気持ちよく帰ってもらえたらと思って、自然に出た一言でした。
それが思いがけず、別の形になって返ってきたのです。
そして、ここで一つ大切なことに気づかされました。
「与える」というのは、自分が何かを差し出すことだけではないのかもしれません。
相手が「ありがとう」と思ったとき、その気持ちを素直に受け取ってあげることも、相手に喜びを与えることになる。
私はこれまで、「与えること」の大切さを考えることはあっても、**「受け取ることにも意味がある」**とは、あまり考えていませんでした。
でも、この500円玉が教えてくれました。
静かな廊下で起きた、小さな出来事
お盆休みの静かな廊下。
ポリッシャーの音も止まり、ほんの数分の間に交わされた言葉。
「ありがとうございました」
「さっきは『ありがとうございました』って言ってくれてありがとう」
そして、
「これで冷たいもんでも飲んでください」
たったそれだけの出来事です。
でも、私にとっては、ここ数年の清掃仕事の中でも特に心に残る出来事になりました。
人と人との間には、ほんの小さな気配りが思いがけない形で行き来することがあります。
こちらが与えたつもりのないものが、誰かの心に届いていることもある。
そして、誰かから差し出された温かい気持ちを素直に受け取ることも、また相手に幸せを与えることなのかもしれません。
あの日、手のひらに置かれた500円玉。
金額以上に温かく感じたのは、そこに**「ありがとう」の気持ちが込められていたから**なのでしょう。
清掃の仕事をしていてよかった。
そう思わせてくれた、夏の日の小さな出来事でした。

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