みなさん、こんにちは。
仕事柄、水回りを触ることがあります。
蛇口からポタポタと水が漏れていると、つい思ってしまいます。
「しっかり締めなあかん」
そして、ハンドルをギューッと回します。
水は止まります。ひと安心です。
でも、実はここにちょっとした落とし穴があります。
蛇口を必要以上に強く締め続けると、中で水を止めているゴムパッキンに負担がかかります。傷んでくると、次はもっと強く締めないと水が止まらなくなる。
そしてまた強く締める。
その繰り返しです。
最後には、どれだけ力を込めても水が止まらなくなり、「これはパッキンを替えなあかんな」ということになります。
考えてみると、人間関係も少し似ている気がします。
相手との間に小さな違いが生じたとき。
「それは違う」
「こうするべきだ」
「自分のやり方のほうが正しい」
そんなふうに、相手を自分の考えに合わせようとして、知らないうちにハンドルをギューッと締めてしまうことがあります。
もちろん、水漏れを放っておけばいいわけではありません。
ただ、何でもかんでも力で締めれば解決するわけでもない。
むしろ、締めすぎることで、お互いの心がすり減ってしまうことがあります。
そんなことを考えるきっかけになったのが、実は職場での洗濯機の出来事でした。
1.「自分のやり方」が正しいと思ったとき
職場の洗濯機でのことです。
私はどちらかといえば大ざっぱなタイプです。
洗剤も漂白剤も、
「まあ、水が溜まったら勝手に溶けるやろ」
という感じで、あまり細かく考えずに入れていました。
ところが、一緒に仕事をする人は違いました。
まず水を流しながら洗剤を少しずつ溶かす。
そして、キャップで分量をきっちり量る。
なかなか丁寧です。
最初は正直、
「うわ、細かっ!」
と思いました(笑)。
もちろん、その人の前では、
「はいはい、溶かして入れますね〜」
と、そのやり方に合わせます。
でも、その人がいないときには、
「まあ、今日はええか」
と、また自分流に戻ったりもしていました(笑)。
こういう小さな違いは、どこの職場にもあると思います。
洗剤の入れ方。
掃除道具の片付け方。
仕事を始める順番。
メールの書き方。
人によって、「これが普通」が違います。
もしここで、
「私のやり方が一番効率的なんです!」
「そんな細かいことを気にする必要はありません!」
と相手を論破し始めたらどうでしょうか。
あるいは逆に、
「あなたのやり方は間違っています」
と責められたらどうでしょう。
たかが洗剤です。
でも、たかが洗剤のことで、お互いの心がすり減ることもあります。
蛇口のハンドルを、ギューギュー締め合うようなものです。
もちろん、仕事には守るべきルールや、正しい方法があります。
しかし、すべての違いが「正しいか、間違っているか」で決まるわけではありません。
単に、
「この人は、そういうやり方を大切にしているんだな」
というだけのこともあります。
そんなときに少し力を抜いて、
「なるほど、そういう考え方もありますね」
と言えるだけで、関係はずいぶん滑らかになります。
2.洗剤と一緒に、少しだけ言葉も溶かしておく
あの洗剤の話には、もう一つ面白いことがあります。
洗剤は、水にそのまま入れても、やがては溶けます。
でも、少しずつ水に流しながら溶かしていくほうが、きれいに混ざります。
あの同僚がやっていたことを見ながら、今になって思います。
人間関係も、いきなり濃いものをぶつけるより、少しずつ溶かしていくほうがいいのかもしれません。
たとえば、普段から、
「ありがとうございます」
「助かりました」
「それ、いいですね」
そんな言葉を少しずつ関係の中に溶かしておく。
すると、何か意見の違いが起きたときも、いきなり強い言葉をぶつけなくて済みます。
「そこは、こうしたほうがいいかもしれませんね」
「私はこう考えていたんですが、どうでしょう」
そんなふうに、言葉を少し柔らかくすることができます。
蛇口だって、内部がサビついて動きが悪くなると、余計な力が必要になります。
でも、日頃から手入れをしていれば、軽い力でもスムーズに動きます。
人間関係も同じです。
普段はほとんど話さない。
感謝も伝えない。
お互いに何となくよそよそしい。
そんな状態で、いざ問題が起きたときだけ、
「ちょっと話があります」
となると、どうしても力が入ります。
だからこそ、問題が起きてから関係を修理するだけでなく、何も起きていないときに少しずつ言葉を交わしておく。
洗剤を水に溶かすように。
その小さな積み重ねが、意外と大きな違いになるのかもしれません。
3.「昔からこうしている」というパッキン
蛇口のパッキンは、いつまでも新品のままではありません。
長年使っていると、少しずつ硬くなります。
弾力がなくなります。
そして、あるとき限界が来ます。
そのときは、どれだけ強く締めても仕方ありません。
古いパッキンを取り替える必要があります。
これは、自分自身にも当てはまる気がします。
年齢を重ね、経験が増えると、自分なりの「やり方」ができます。
それ自体は悪いことではありません。
むしろ、長年の経験から身につけた知恵もたくさんあります。
私自身、洗剤の入れ方ひとつとっても、
「まあ、これで今までやってきたし」
という感覚があります。
でも、そこで、
「自分は長年こうしてきた。だからこれが正しい」
となってしまうと、少しずつ自分の中のパッキンが硬くなっていくのかもしれません。
あの同僚のように、分量をきっちり量り、水に溶かしてから入れる人がいる。
自分とは違うやり方をする人がいる。
そんなときに、
「なんでそんな面倒なことをするんや」
と思うこともできます。
でも、
「そういう方法もあるんやな」
と思えば、自分の世界が少し広がります。
もしかすると、洗剤を溶かすのは、洗剤だけではありません。
長年固まってきた自分の考え方も、ときどき水に浸して、少し柔らかくする必要があるのかもしれません。
「ずっとこうしてきたから」
「自分のほうが経験があるから」
そんな言葉が頭に浮かんだときこそ、一度ハンドルから手を離してみる。
そして、
「ほかのやり方もあるかな」
と考えてみる。
それだけで、人との間にできる摩擦はずいぶん減るような気がします。
少し力を抜いてみる
人間関係を良好に保つために必要なのは、いつも相手を自分の思い通りに動かすことではありません。
違いを見つけたとき、すぐにギューッと締めるのではなく、少し力を抜いてみる。
普段から感謝や柔らかな言葉を交わし、関係が滑らかに動くようにしておく。
そして、ときには自分自身の古くなったこだわりを取り替えてみる。
蛇口の水漏れは、強く締めれば一時的には止まるかもしれません。
でも、人間関係の場合、締めすぎると、お互いの心のパッキンがすり減ってしまいます。
だから最近は、自分自身にこう問いかけることがあります。
「今、ちょっとハンドルを締めすぎていないかな?」
洗剤の入れ方ひとつで意見が違っても、世界が終わるわけではありません(笑)。
少しくらい違っていてもいい。
少しくらい、自分の思い通りにならなくてもいい。
そんなふうに、少しだけハンドルを緩めてみる。
すると案外、人間関係というものは、力を入れていたときよりも、ずっと滑らかに動き始めるのかもしれません。

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