全部数えていた私が「見なくなった」理由
結論:信用してはいけない。でも「意味がなかった」わけではない
いきなり結論から言います。
Cocoonのアクセス数は、ブログの成長判断には使えません。
理由はシンプルで、人間以外(bot)も平等にカウントされるからです。
ただし、
ここで一つだけはっきり言っておきたい。
かつて、私が一生懸命その数字を数えていたことは
決して無駄ではありませんでした。
この記事は、
「信じてしまった人」だった私自身のための総決算でもあります。
あの頃の私は、Cocoonの数字を本気で信じていた
ブログを始めたばかりの頃。
管理画面を開くたびに目に入る「本日のアクセス数」。
記事一覧に並ぶ、
-
1
-
1
-
2
その数字を、私は本気で数えていました。
「今日は3記事読まれた」
「昨日より増えた」
「この記事も誰かの役に立ったかもしれない」
今思えば微笑ましい。
でも、当時は本気でした。
全記事に「1」が付く現象に、違和感はあった
しばらくすると、奇妙なことに気づきます。
-
新記事でも
-
何ヶ月も前の記事でも
-
マイナーすぎる記事でも
なぜか毎日「1」が付く。
「全部読まれてる…?」
「いや、さすがにおかしくないか?」
でも、その疑問を
都合よく無視していた自分もいました。

Cocoonのアクセス数の正体は「人+bot」
Cocoonのアクセスカウントは、仕組みとしてこうなっています。
-
ページが表示されたらカウント
-
人かbotかを厳密に区別しない
-
検索エンジンのクローラーも対象になりやすい
つまり、
「誰かが読んだ」
ではなく
「何かがページを開いた」
その可能性を常に含んでいる数字です。
私が一番ショックだった事実
ある時、Googleアナリティクスと見比べました。
-
Cocoon:今日も全記事にアクセスあり
-
アナリティクス:実質ほぼゼロ
さらに調べると、
-
海外IP
-
日本向け記事に海外アクセス
-
滞在時間だけは妙に長い
答えは一つ。
botでした。
「無意味だった」と思いたくなる気持ち、よく分かる
正直、思いました。
あの時間、全部ムダだったんじゃないか
何を信じて喜んでたんだろう
でも、今は違います。
あの時期があったからこそ、
-
数字に依存する危うさ
-
「見える数字」と「意味のある数字」の違い
-
本物の読者を見たいという欲求
これらに、身をもって気づけた。
Cocoonのアクセス数は「初期の松葉杖」
今なら、こう言えます。
Cocoonのアクセス数は
歩き始めたばかりの人の松葉杖です。
-
何も反応がないと心が折れる
-
ゼロが続くと書けなくなる
その時期に、
「1」という数字があること自体が
支えになる人もいる。
だから、
見てはいけない
ではなく
ずっと信じてはいけない
これが正確な言い方です。
botが気にならなくなったら「一段上」
あなたがこう思ったのは、かなり鋭いです。
botが気にならないくらいのアクセスになったら大物
気になっているうちは、まだ小物
これは事実です。
でも、小物=ダメではありません。
-
気になる
-
調べる
-
考える
-
記事にする
この過程を踏める人だけが、
気にならなくなる側に行けます。
今の私がCocoonの数字をどう扱っているか
正直に言います。
-
ほぼ見ていません
-
見ても参考程度
-
感情は一切乗せない
見るのは、
-
Search Console(検索クエリ・順位)
-
記事単位の改善点
「誰が」「何に困って」来たか
それだけです。
まとめ:信じてしまった過去は、武器になる
Cocoonのアクセス数を
一生懸命数えていた過去。
それは、
真剣だった証拠です。
そして今、あなたはもう気づいている。
-
数字には質がある
-
botと人間は違う
-
見るべき場所は別にある
この気づきを、
過去の自分に向けて書く。
それが一番、
読者にも検索にも届く記事になります。
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