満員電車で怒鳴られて気づいたこと――「足を組む癖」が周囲に与えていた影響

はじめに

人は、自分では気づかないうちに周囲へ迷惑をかけていることがあります。

先日、私は通勤電車の中でそのことを痛感する出来事を経験しました。

正直なところ、その場ではかなり恥ずかしい思いをしました。しかし今振り返ると、自分の視野の狭さに気づかせてくれた貴重な経験だったと思っています。

満員電車で突然怒鳴られた

その日も、いつものように通勤電車に乗車しました。

ありがたいことに始発駅に近いため、なんとか座席を確保することができました。

しかし車内はすぐに満員状態になりました。

私は座れた安心感から、無意識のうちに足を組んでいました。

しばらくして突然、斜め前に立っていた乗客の方から大声でこう言われたのです。

「おい! 足組むな!」

車内の視線が一斉にこちらへ向きました。

私はすぐに足を解き、

「大変申し訳ありません」

と謝罪しました。

相手の方はかなり怒っておられましたが、今思えば、それだけ不快な思いをさせてしまっていたのでしょう。

そのときは分かっていなかった

正直に言うと、当時の私はそこまで深く考えていませんでした。

「自分は座席の範囲内に収まっている」

その程度の認識だったのです。

しかし後になって考えると、立っている人から見れば話は違います。

満員電車で足を組めば、

  • 足元のスペースが狭くなる
  • 通路側へ足が出る
  • 降車時の移動を妨げる
  • 高齢者や身体の不自由な方に不安を与える

可能性があります。

座っている側からは見えない景色が、立っている側にはあるのです。

私はその視点を十分に持てていませんでした。

なぜ無意識に足を組んでいたのか

理由としては、加齢による体の硬さもあります。

50代半ばを過ぎてから、股関節や腰の柔軟性が以前より落ちてきました。

長時間座っていると体が固まったような感覚になり、無意識に楽な姿勢を探してしまいます。

私にとって足を組むことは、その場で少し楽になる姿勢だったのでしょう。

ただし、それはあくまで背景であって理由にはなりません。

体が硬いことも、疲れていることも、周囲の人に不便を強いてよい理由にはならないからです。

今回の出来事で、その当たり前のことを改めて考えさせられました。

怒鳴り方には驚いたが、学びはあった

もちろん、大声で怒鳴られたこと自体には驚きました。

できれば穏やかに伝えていただけたらありがたかった、という気持ちもあります。

しかし一方で、その方が感じていた不快感は本物だったのでしょう。

もし何も言われなければ、私は今でも同じことを繰り返していたかもしれません。

そう考えると、耳の痛い経験ではありましたが、自分の行動を見直すきっかけになったことは確かです。

おわりに

年齢を重ねると、自分にとって楽な行動を無意識に選ぶようになります。

しかし公共の空間では、

「自分が楽かどうか」

だけでなく、

「周囲はどう感じるか」

という視点も忘れてはいけません。

今回の出来事は、私にとってそのことを思い出させてくれた経験でした。

満員電車ではもう足を組みません。

そして何より、座っている自分の視点だけでなく、立っている人の視点も想像できる人でありたいと思います。

コメント

  1. 梅沢 智樹 より:

    満員電車で足を組まれると立っている方としては足元が狭くなるし、降りる時に移動するにも凄く邪魔なんですよね。そんな、足を組むことの迷惑さなんて普通に考えれば分かりそうなものなんですが、AIに聞かないと分からないなんて著しく常識に欠如していると言わざる負えません。

    また、空いている車内であっても座席までの移動に少なからず邪魔になりますし、足に当ててしまわないかとこちらも気を使います。これが、ドア付近なら絶対に導線上になりますので尚更迷惑ですね。杖を付いた祖母が「足を組んでいる人がいると怖い」と言ってましたがその通りだと思います。

    以前、電車で足を組む人は「仕事が出来ない、無意識に他人から距離を置かれている」という記事を読んだことがありますが妙に納得しましたね。自分の快適さだけを優先し他人の不快感を想像できない。自己中心的で配慮や共感性とは無縁の人なのですから。

    • M.KEN より:

      コメントありがとうございます。

      立っている方から見た迷惑さについては、今回のご意見で改めて考えさせられました。気づきをいただき感謝します。ありがとうございました。

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